- 今年の自宅改造
- 2012.05.18 Friday 16:53
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・・・・・新しい記事は後ろに続きます・・・・・
毎年のごとく改造を重ねている我が家ですが、今年は古い車庫を取り壊して新しくします。ずいぶん前に建てれらて鉄骨コンクリートの頑丈な作り。2階に上がれる構造。しかし今では無用の長物です。取り壊し前の写真。
当時は庭と言えば和風が主流。石を置くのが流行りでした。しかしこの巨大な石(岩)。見るたびに撤去したいと思っていました。
ドリルで岩を砕かないと処理できない。鉄骨コンクリートを壊す音と相まって騒音が3日間続きました。この間、ご近所、道を通る人、有難うございました。
すっきり。次は塗装やら、撤去したところに新しい屋根を付けたり、などの作業が待っています。
(・e・)
鉄骨ガレージがあったときはかなりダサい感じの勝手口でした。
それが撤去された後にはスリムなアルミとポリカのガレージが設置されました。
半透明の屋根を通して太陽がいっぱい。とても明るくなりました。台所の冷蔵庫の中まで。さ〜て、これからお掃除の手が抜けなくなってしまった。
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Posted by kathy
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- 自然が作る国民性
- 2012.05.13 Sunday 06:48
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美しい自然とその脅威 - Cannon Beachにはあちこちに津波警戒の標識。オレゴンの海岸は太平洋に面しているので津波が押し寄せる可能性があるのです。
道路の至る所にこういう避難ルートが示されていて、とりあえずどっちの方向に逃げたらいいのかが分かるようになっています。
バケーションで滞在する人が多い場所なのでこれが無いとどっちの方向に逃げていいのかわからない。瀬戸内の海岸ではこういった標識は見当たりませんでした。地元の人は知っているのかもしれないけど観光で訪れている時に津波に襲われたらどうしよう。
のんびり海を眺めて、かもめと戯れていましたが、こういう標識を見るたびに自然はそう優しいばかりではない、ということを思い起こさせられました。
(・e・)
オレゴン州Cannon Beach - どこまでも果てしなく続く砂浜
瀬戸内、しまなみ海道の浜辺 - 潮騒が打ち寄せる浜
この二つを比べると同じ海、浜辺といってもずいぶん違います。Cannon Beachの海は雄大ではありますが細かな起伏はありません。それに引き換え、渡米前に行った瀬戸内の島は潮が打ち寄せる岩場があちこちにあってそこには海草やら貝、小さな魚とか、色んな自然がいっぱい。
Cannon Beachでは人々はのんびり散歩したり犬を遊ばせたり。一人でいるのはあまり見かけません。海は人々の暮らしの背景にあるといった感じでここではあくまで人間が主。それに対して日本の海は起伏に富んでいて複雑かつ多様。貝殻拾いや岩場を覗いたりして海と戯れる。人と海、つまり自然と人との境目がはっきりしていない。
自然が生む国民性の違い
自然が国民性の違いを生む、とある文化人類学者が言ってました。日本では古来、地震・津波など全く予知できない自然災害を蒙ってきた。それに対し、欧州では自然はある程度予測できるものであった。したがって、予測できる自然というものは相手にしやすい、克服できる対象となったのです。
自然は人間の力の及ばないもの、だから逆らわないで受け入れる。そこから世は無常、はかないものという世界観が生まれました。すべては移り変わりいつまでも続くものではないという考えは私たちの気持ちに染み込んでいます。震災後の日本人の落ち着いて冷静な対応。それは諦めにも似た我々の自然観からくるものでしょう。
アメリカ人は何かあるとこう言います、”次の子供世代のため、後世のためにこれはやらなければ”。日本ではあまりそういったことは耳にしません。これだけ長い歴史と伝統がある国にも関わらず、です。そこには次の世代にはどうなってるか判らない、先はあてにならない、という考えが底にあるように思います。これも自然が作ってきた国民性でしょう。
アンティークと国民性
アンティークにおいても然り。西洋では家に伝わる古いものを大事に代々伝えてきました。でも日本では古いものをそんなに大切にして残そうとはしてこなかったように思います。多分それは明日、地震に見舞われて壊れてしまうかもしれない、台風で全部吹っ飛んでしまうかもしれない。そうなると大事に後々まで伝えようという気持ちは芽生えないのも仕方がないことかもしれません。
まっ、いろいろ違いはありますが、どこにいてもいつの時代でも変わらないのは:
です(誰かが残した砂文字・夕方の浜辺で見つけました)。
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Posted by kathy
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- 5月のスケジュール
- 2012.05.13 Sunday 05:30
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「くらしを彩る西洋アンティーク展」
地元岡山のアトリエ百合でアンティークフェアを開催します。期間は23日から26日(4日間)、AM10:00〜 PM6:00です。
アンティークレース以外にアンティークフェアには普段持っていかない陶器類、アクセサリー、ガラス物など、数多く用意して皆様のお越しをお待ちしております。
場所は瀬戸内市長船町土師1189。若干分かり難いところですが、それだけに落ち着いた雰囲気で和やかなアトリエです。
シアトルはStarbacks発祥の地。色んなコーヒー豆があります。ご来場いただきました方にはシアトル、オレゴンの美味しいコーヒーを楽しみながらゆっくりご覧戴ければと思います。
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Posted by kathy
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- チューリップのお願い
- 2012.05.05 Saturday 17:36
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シアトルのチューリップ畑。広大な畑に見渡す限りで圧巻です。きれいに色分けされてたチューリップが地平線の彼方まで広がっています。
入口付近には様々な種類の、見たこともないようなチューリップも。
そんななか、こんな看板が目に留まりました。
言うならば”立ち入り禁止” ”中に入らないで”という立札なのですが、”あなたがチューリップでない限り、チューリップ畑の中に立たないで”。同じことならこんな風に行きたいですね。ユーモアはゆとりある心の現れです。
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Posted by kathy
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- 人間は考える葦(パスカル)
- 2012.05.04 Friday 04:53
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2012年4月、オレゴン州への旅をきっかけに見詰めなおすことになった自らのライフスタイル、そして現代日本社会の持つ問題点をテーマごとに以下、書き綴っていきます。
誰もちょっとおかしい、と感じている日本の社会
オレゴンから帰国し、フェイスブックを開いて真っ先に飛び込んできたある若者の言葉。”この世は生きづらい、世界は愛しづらい”。そして翌日の新聞記事には5月一日付の内閣府発表のデータで自殺を考えた人が全体の23.4%で前回より増加。日本の自殺率の高さは先進国でも群を抜いている。
誰もが今の日本はどこかおかしいと思っている。世界の中でも豊かさと便利さでは先進国、でも何となく幸福感に乏しい。孤独で精神的にもイライラ、誰でもよかった殺人が多発。そういった社会の有り様を裏付けるかのように癒しとか、スピリチュアル、スローライフという言葉が氾濫。ほっこり、まったりという表現にも何かしら日本人の心の欠乏感が読み取れる。
薄々そういったことを感じながらも我々日本人はあまり真剣に向き合って考えるということをして来ませんでした。日本人は本気で悩み、真剣に考えることの苦手な国民と言われています。誰かが考えてくれる、やってくれるだろうという依存心(個の欠落)が長らく我々の習性となっている。人間は考える葦。そこから入って行って個々の問題を真剣に考えてみたいと思います。

”考える葦”というタイトルのブログを設けましたのでご興味ある方は、そちらまで。
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Posted by kathy
考える葦
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- ライフスタイルを見直す旅
- 2012.05.02 Wednesday 12:45
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Portland市の一角、Pearl District。新たな街づくりの拠点となっています。
中心街ですが信号がありません(歩行者優先)。 コーヒーショップの前に集う人たち

ホテルから市電の停留所に向かう途中のStarbucks。いつも人々が外に溢れています。たまたま隣り合わせた同士で新たな会話が弾むのでしょう、街のあちこちにこういった光景が見られます。出発前に読んだ"Green neighborhood"という本に書いてあったとおりです。
ダウンタウンから10分も歩けばこんな光景。住宅街では桜が真っ盛り。出勤前でしょうか、犬を自由に放せる公園でのひと時。
何時もはNYを拠点とした東海岸に滞在します。日本と同じように忙しいニューヨークでも日本に比べればずっと人間らしい街と感じます。しかしここ西海岸ではそれをさらに上回る、人間としてどう生きるべきかというライフスタイルについて本気で考えさせられるものがありました。”本気”というのは実際に自分のライフスタイルをこれから変える、ということ。これまでどうしてこんなに忙しい、ちょっとしたことでなぜイライラする、何かオカシイ、と感じながら立ち止まって真剣に考えることをせず周囲に流されてきた自分がありました。自分を取り巻く環境はすぐには変わりませんが、少なくともそれに対する自分の姿勢は変えられると思います。
Life in Style
ネットショップを始めた時のサブタイトルが"Life in Style"。アンティークを日々の暮らしに取り入れた生活。時間がゆったり流れる、優雅なティータイム、そこにアンティークがある、という頭に描いたライフスタイル。でも実際、どうなんでしょうか。忙しい生活の一部を切り取っただけの束の間の時間に過ぎない。それすら最近では出来ない。本質的は何も変わっていないのでは。少なくとも私自身に関してはそう言えます。
ではどうやったら変えられる?それは日々の努力で意識改革するしか。時間が掛かりますが地道に続けていけばいつか出来ると思います。そのためにこのテーマでブログを書き続けます。そしていつか、今のこの記事を振り返って読むことがあって、あの時から比べれば随分変わった、と言えるようになれば幸いです。ご興味のある方、なんだか今の生活オカシイ、と感じておられる方、これから一緒にお付き合い戴ければ嬉しいです。
PS:新しく”考える葦”というカテゴリーを設けました。今後はこのカテゴリーで更に考えを深めて行きたいと思います。 -
Posted by kathy
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- Oregon
- 2012.04.29 Sunday 15:43
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5日間のワークショプを終えてCannon Beachを後にしました。またの再会を期して。途中アンティークの買い付けも済ませました。今ポートランドの空港で最後のブログ更新です。今回の旅ではほとんどのところでインターネット接続できたので継続的に記事が書けたのは幸いでした。
それにしても今回ほどいろんなことを考えさせられた旅はありませんでした。モノの豊かさという点では日本のほうが勝っているかもしれない。でもオレゴンの人々のほうが豊かで幸せな生活を楽しんでいるように見えました。これはとても注目に値することなので帰国後再度振り返って考えて見たいと思います。
This is my last report from Oregon. See you back in Japan!!
(・e・)
かなり先生の手が入ってHittyが完成しました。顔のペイントは100%私なのでmyドールです。
そして、今日はワークショップ最後の日なのでディナーに巻寿司と握りをつくりました。カニカマ、アボガド、スモークサーモン、胡瓜など。お米は現地調達のスシ米で炊きあがりは日本のお米と違い固め。寿司を食べたことの無い人もいたのですが、大人気でした。日本人としては上出来とはいえませんが喜んで貰えたようです。
このときばかりは彼女たちも大はしゃぎで写真を撮っていたので私も一緒にパチリ。
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明日はワークショップ最後の日です。Cannon beach滞在中はず〜とお天気が悪く帰る頃に晴れてくる天気予報です。今日の波は穏やか。
アメリカ人は日本人ほど写真を撮りません。ワークショップでの作業手順などは写真に収めているようですが、一緒の食事の時などに写真をとるということはありません。だから私としても撮りづらいのであまりご紹介できません。
各自が”なんとなく”交代でスープを作ったりパンを焼いたりです。特に番が決まっているわけでもなし。明日は最後の日なので私が寿司をつくります。巻き寿司とにぎりをつくりたいのですが、新鮮な生魚は入手不可能と判明。アボガドは手に入る。あとは冷凍のエビでもあればいいのですけど。
5日間のアメリカ人相手で英語のワークショップは疲れるだろうと、明日の夕方にはホテルを引き払ってPortlandに移動。アンティーキングと思っていたのですが余りにも居心地が良いのでもう一日滞在を伸ばしました。
(・e・)
ワークショプも4日目。最初の日を除いて悪天候だったのですが今日は青空が見えそう。
だいたいHittyの形になってきました。あとは各部分を繋いでペイントする作業。
Portlandも含めここは東海岸とも違う気候、人々で大いに観察に値します。消費税のない数少ない州なのですが、忙しくショッピングして廻ろうという気持ちは起きません。それより街を散歩したりStarbucks(シアトルが発祥の地)で本を読んだりしてゆったり過ごしたいと思うのです。
余りにも効率を求めて忙しい日本の社会、何処までも完璧を求めて突き進む日本という国。だから品質の高いモノづくりニッポンとなったのです。それが悪いとは言えないのかもしれませんが、もう少し違った視点があっても良いのでは、と考え直させられる今回の旅です。完璧、効率の追求を極限まで追求した結果が今の日本の閉塞性、経済の停滞を逆に招いたと言えないこともない。人が生き生き、自由に生きられないところでは本当の発展はむつかしい、そう思わせられます。
(・e・)
ここのところずっと悪いお天気で海は荒れています。でもこの時期では普通とのこと。(下の写真はワークショプのあるTCの家から眺める今日の海)。
削る木はとても柔らかいBass woodという木です。下は作業途中のもの。ニューヨークでは弾丸のように喋るひとが多いですがここではみんなおっとり。時々会話したり作業に集中したり、私としては助かります。
明日はお昼に日本から持参した讃岐うどんをつくります。うどんを食べたことのない人もいますが、たぶんOKです。箸を持って来るのを忘れたのでフォークです。
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ワークショップ3日目。順調です。アメリカ的環境にも慣れました。
何がアメリカ的と言えば、何か欲しいもの、したいことがあれば口に出して要求しなければならない。日本生活が長いとつい忘れてました。でもこれが慣れると自由で心地よいのです。では、ワークショップがこれからはじまるので。See you later.
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無事Cannon Beachに到着。その海は私が知らなかった海です。ターナーの絵にあるような。
ワークショップのあるTC(主催者の名前)の家です。休日のみ利用する家で一面のガラス張り。窓から打ち寄せる波が見渡せます。彼女を含めて6人のプライベートのワークショップ。私がなぜそこに参加することになったのかは、それはアメリカならではの話で自分でも何だかよく分らない展開なので説明省略します。

Portland
Portlandに一泊し、市電や徒歩で街を散策。本でも取り上げられていたPearl Distsrictにも行って来ました。ここでpeople watching。確かに何かが違う。日本とは正反対の街です。これに関しては少し纏めなければならないので帰国してからにしたいと思います。
さて、今日も快晴。ワークショップのあるCannon beachに向かいます。レンタカーはトヨタカローラ。アメリカ車はやっぱり給油とか座席調整とかいろんな面で若干違うのです。これが7日間私と一緒に過ごす相棒です。今日はCannon Beachまで2時間ほどの旅。
レンタカー事務所のある空港からPortlandの市街を抜けて西に向かうのですが何本もの高速が東西南北に交差しています。はっ、と気がついたときはもう遅い。West方面に乗らなければいけないのにEastに乗ってしまって。いろいろありますが。無事目的地に着くと終わりよければ全て良し、ということです。
AmtrakでPortlandへ
昨日までと打って変わって今朝は抜けるような青空。Seattleからオレゴン州Portlandに向かう電車(Amtrak)のなかでこの記事を書いています。日本を発つときに、マイクロソフト本社のある土地柄なのでどこへ行ってもインターネット接続可能、と聞いてましたが本当です。電車のなかでもWiーFi接続可能とあったので試してみたらちゃんとつながりました。
東海岸や、南部ではまだそういう感じではありません。御陰で日本を離れても日本に居るときと同様にブログ更新が出来ます。右手にPacific ocean、左手に森や牧場を眺めながらこれから3時間あまりしばし電車の旅を楽しみたいと思います。
シアトルのチューリップ畑
一夜明けてシアトルの第一日目は片道高速で1時間半はあろうか、というチューリップ畑に行ってきました。色とりどりのチューリップが広大な畑一面に広がっています。咲き誇るチューリップを眺めながら私はいったいなぜここにいるんだろう、って。チューリップはとても美しかったのですけれど。
本来はシアトルの街を散策したり、アンティークショップがあれば覗いたりの予定だったのですが実際は全く違った展開。自分一人で歩き回る場合はだいたい予定通りにこなすのですが、アメリカ人(今回は日系アメリカ人)と一緒のときは全くどうなるかさきが読めません。本来ランチを一緒にするだけの予定だったのが、会うなり一日仕事を休んだから終日一緒に過ごせるという。そんな訳てチューリップ畑に案内してくれたのです。でもそこへ行く前に彼らの親戚の家に立ち寄ったり、何だか訳の分からないスケジュール。おまけに遠いチューリップ畑に行くのに場所を確かめていないって!!!。道に迷う度に”暗くなる前にはチューリップ畑に着くさ”って冗談が本気になりそうな雲行きでした。日系といってもアメリカ生まれだとまったくアメリカ人と同じ。頭を切り替えないと。
ということで、なんだか訳のわからないシアトルの一日でした。朝方の天気予報では昼過ぎから晴れる、というその通りのお天気になり私たちがチューリップ畑についた頃はすっかりお天気になりました(午後4時でした)。あなたが晴れのお天気を連れてきてくれた、と言われてまあそう思うことにしましょう。追加ながら日本ではスローライフというのが流行りですが、スローライフってこういうこと、つまり”いつか着けるさ”とか”何とかなるさ”ってことが自然に受けいれられること・・・です。
シアトルは雨
出発前の天気予報通りSeattleは雨。過去10年間に20回以上渡米(東海岸)していますが一度も雨だったことはないので私にとってはところ変われば何とか、の通り。それはお天気だけではありません。人も違います。Seattle空港でタクシー乗り場を聞いたところ答えと同時に”glad to helping you(お役にたてて嬉しいです)”もうひっくり返るほと驚きました。ニューヨークでは決して聞くことはない言葉ですから。日本と比べればニューヨークでも見知らぬ人には親切といえますが、ここはその上を行く。どこに行ってもそうなのです(まだ最初の日ですけれど)。ホテルのドアマンですら笑顔が違います。人々がなんというかゆとりがあってあくせくしていない。
なのに、です。明日も雨の予報。アメリカの天気予報って本当に当たるのです。残念ながら。
空港にて
空港というのは何かロマンを抱かせるものがあります。人はそれぞれどんな理由で旅立っていくのでしょうか。子供連れ、カップル、搭乗を待つ間も想像を巡らせます。これまで幾度となく空港から旅立った私ですが離陸する飛行機の窓から眺める景色もそれぞれ。また旅に抱く想いが違うとその景色も違ってみえます。最近では目的地がほとんどアメリカなのであまりそういった感傷にとらわれることも無くなりました。

ず〜と昔、まだ若かった頃、パリかチューリッヒだったかよく覚えていませんが、空港から飛び立とうとしているとき”ベルリンの灯は消えて”という音楽が流れてきました。哀愁を帯びた曲でちょうど暗くなったときで窓の外は真っ暗。飛行機が離陸を始め遠くの街の明かりがだんだん後ろに消えていった光景が今でも目に浮かびます。
なんて、空港はそんな昔の記憶を呼び覚まします。やっぱり空港というのはロマンのある場所です。Am -
Posted by kathy
Diary 2012年
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大体毎回足を運びます。参加者のレベルが高いのでいるも何か買います。今回はこれ。セラミックのオブジェ。自宅にあったメタルの丸いトレイに乗せました。
これを作った人のブースはささやかで僅かの作品を並べただけ。そしてこんなディスプレイ。山や海に採取した木の実や蟹の殻(本物)を並べただけですが、何気ないなかに磨かれたセンスを感じました。